カテゴリ: コミュニティ

保育園のラスト登園日でした。

金曜、駅から保育園まで歩いていたら、会社勤めと娘の病気で辛かった日々を思い出して涙。

担任の先生に、1歳クラスの時のことを覚えてないんです、もっと見てあげればよかった、でも最後の学年はすごく充実していて、楽しい思い出になった、、と言いながら涙が止まりません。

他のクラスを回ると、お世話になった先生にハグされ、小さい子たちに見送られて、うちの子もこんなに小さかった?と涙。延長や土曜保育で長い時間を過ごした分、関わった先生や子どもたちも多いんです。

最後の土曜保育は、赤ちゃんクラスで担任だった可愛い先生2人が勢ぞろい。お昼のうどんをおかわり、小さい子と遊び、おやつはおにぎり、あやとりもして、と満喫。先生のおなかがふっくらしていて、ご懐妊を知るという予想外の展開でした。

すでに散り始めた保育園の桜。四季の流れが早すぎる。大好きな保育園、親子でおののきながら楽しく過ごした幼児生活にさようなら。

今回は、被災地応援の第4弾。石巻のこども新聞の記事です。


やはり被災地への関心が薄くなっていて、残念です。でも大事なことだから、書きました。

私は昨年、自費で石巻を訪ねました。お仕事なので費用も考えなければならないのですが、こども新聞の活動や主催の太田さんのことはどうしても応援したかったんです。

7年たつと復興の助成打ち切りもあり、バージョンアップの計画や新しい挑戦があるそうです。これからも、こうした子どもたちに心を寄せてほしいですね。私も肩肘はらずに少しずつ紹介していきます。(なかのかおり)


娘の保育園ライフはあと10日。

学童や学校や、私が行くわけではないのにナーバスになってしまいます。子どもたちはさらっと巣立つのでしょうね。

保育園の5年間、いろいろあったなあ。20年勤めた会社を退職したのが一番大きな出来事です。

子どもの病気で欠勤や遅刻早退が多く仕事の評価が下がり、元の職種に戻れませんでした。メディアでもこの何年かで働き方改革が進んだと聞いたので、今なら違ったかもしれませんね。

独立して、自由はあります。会社でできなかったことができる。でも世の中は肩書きや決まった給料が大事で、もどかしさや悔しさもある。

組織で活躍する人はかっこよく見えるし、祖父母の助けがない状況は変わらず。

やりたいことにたどりつきたくて模索中です。

福島の記事、第三弾はサッカーチームのお話です。


お付き合いの長い老舗旅館の女将さんに紹介されてサッカーチームの社長さんにつながり、

さらに別の取材で知り合ったイラク・福島支援の団体に社長さんをおつなぎして、輪が広がりました。

こういう広がりは、ジャーナリスト冥利につきます。

農作業する選手の写真もカッコいいです。震災後7年の福島を知ってください。

そして3.11にあったホーム開幕戦は勝利だったそうです。嬉しいですね。(なかのかおり)
 

春の匂いがします。

この1週間、泣いてばかりでした。

福島の記事を3本、リリースしたのですが、入り込んでいるところに、当時の歌を聞いたら涙が止まりません。

保育園の卒園式もありました。直前にインフルエンザが流行り(私たち親子は1月にいち早くかかって顛末も記事で紹介しました)、ドキドキしたものの全員が出席。

昭和の私たちにはつぼにくる「切手のない贈りもの」を歌われても泣かなかったのに、最後に子どもたちが1人ずつ退場するときに号泣してしまいました。

保護者もサプライズで歌って踊り、先生たちから素敵なスピーチを引き出して大成功でした。

今回の記事は、震災で壊れて廃業の危機にあった老舗旅館の物語と、震災後7年の日常です。


新聞記者時代からの、女将さんとの長いお付き合いについて書きました。

震災のことを忘れる日はないし、食べられないものもまだまだあるけれど、丁寧な四季のおもてなしを続ける。地元では、お祭りや学校生活を大事に日常を過ごしてきているんです。

歴史ある土蔵造りや帳場の写真と合わせて、ぜひご覧ください。(なかのかおり)

3月になりました。

保育園ライフもあと1カ月。
成長のポイントは突然、やってきます。

子ども向け番組が娘には赤ちゃん向けに見えてきました。保育園も小さい子ばかりになって、右も左もわからず先生が絶対だったのに、今は卒業して学校へ行く準備が自然な流れで始まっています。

今回は、アルマーニ制服の報道を見て、ブランディングについて考えました。


私は制服問題に詳しいわけではなく、その点を論じることはできません。

たまたま泰明小に通う子の保護者を知っていたので、騒動を客観的に見て考えたことがありました。

私がフリーランスで活動するのに苦労している、ブランディングです。本質を知ってもらう入り口として、肩書きを重視する人は多いのです。福祉の世界でも、ブランディングにより売り上げが上がり、障害者にいいお給料が払えるようになります。

もちろん関係者に取材して、特認校はもともと人数が少ない学校が指定されたこと、泰明も人気ですが理数や英語に力を入れる他の特認校の応募数が多いことなど、基本的な情報を盛り込みました。

注目された話題なので、ツイッターで様々なご意見をいただきました。

記事に説明を入れていても、その部分を読んでいただけなくて、お叱りを受けたものも。

ネット社会の難しさですね。

私もよく読まずに誤解することがあるので、反省しつつSNSとの付き合い方を考えています。(なかのかおり)

また熱を出しました。

私です。インフルエンザにかかったばかりで、あまり出たことがない8度台に。年齢のせいでしょうか。早めに耳鼻科に行っていたので、すぐに下がりました。

きついんですよね。のどが痛いと気力を奪われ、だるくても子ども周りや洗濯干しやお迎えや諸々があります。

4日連続の大きな記事掲載を遂行できたのは良かった、、家にいるからと、つい入学準備の縫い物や保育園の用事、片付けを始めてしまいました。

保育園には、実家の祖父母が駆けつけてくれる家庭や旦那さんが在宅のママもいて、そういうメンバーがいない我が家は何とも切ないです。

会社員時代は、もっと修羅場でした。

頻繁な娘の病気と対応。自分もうつり、職場でひんしゅくを買って退職しました。

そんな孤育てについての記事です。


こういう記事を出すと、たくさん閲覧をいただき、共感したと言っていただきますが、読んでいて苦しい、というご意見もあります。

もしかしたら、身内や職場の理解や、自然な対応が得られる人は、そんなに無理しなくても!と思われるかもしれません。

でも本当に、自分も具合が悪いときなど、気軽に頼める身内がいないと恐怖なんです。

ママは熱があっても保育園へ連絡し、自力で着の身着のまま迎えに行き、社交して、、帰宅しても冷蔵庫の在庫管理や明日の支度をやらないとと頑張ってしまいます。

手抜きもいいですが、最低限、生きるための世話ができなかったらネグレクトになる恐怖。

夫に頼めたとして、延長保育ギリギリのお迎えになると、遅くなって娘の用事ができなくなりますし、難しいところ。

今は取材や記事のリリースができればいいから、出来高制はシリアスですが、お勤めはしなくていい私。

会社勤めで一番、大変な時、近所のファミリーサポートさんがもう一つの家庭になってくれたのが救いでした。

今日も学校の持ち物をどうするかメールで教えてもらったところです。家族ぐるみの集まりも予定していて楽しみです。(なかのかおり)

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