カテゴリ: 生きる

バレンタインシーズン、私も詰め詰めでした。

ジャーナリストがなぜチョコレート?!って感じですか?

以前、白金台のチョコレート専門店や海外から伊勢丹に上陸したショコラティエを取材して、雑誌に記事を書いたことがあります。

チョコレートの健康効果や、本番前にひとかけいただくという世界的なバレエダンサーの話も紹介。

以来、チョコレートには愛着があり、今年は社会貢献のチョコレートプロジェクトをいくつか取材していたのです。

今回の記事は、がんになっても生き生きできる社会を目指す新しいムーブメントのお話です。


私ががんの取材を本格的に始めたのは、およそ20年前。赴任していた福島で、生と死を考える会の方と出会いました。

ドクターやホスピスナース、在宅医、ご遺族、「病院で死ぬということ」の山崎章郎先生を紹介していただき、異例のお正月連載をしたのです。

死を考えることは、今を生きること。

みなさんからもらったメッセージが、今も私の取材テーマになり、悔いなく生きたいと思う力になっています。

今回の記事のムーブメント、ラベンダーリングは、新聞でご紹介して以来お付き合いがあった美容ジャーナリスト・山崎多賀子さんから伺いました。

会場はYahoo!本社。私は昨年からYahoo!ニュースの福祉・医療・労働ジャーナリストとしても活動しており、なじみの場所です。

また子ども向けワークショップがあったので、久々の子連れ取材をしました。

山崎さんのセッションは、モデルのマイコさん、フットサルの久光さんとのトーク。3人は、若い世代のがんサミットにも参加され、お見かけしています。

3人の深いトークと、キッズワークショップの様子を紹介しました。

若年性乳がんフラチームの取材をお願いしたママも、3人のお嬢ちゃんと参加。多様な子どもたちが先生と絵を描き、資生堂さんのサポートで香り玉やグロスを作って、娘もとても楽しかったようです。

その他、就労のお話もありました。私は娘の病気の多さに会社で評価がぼろぼろ、退職につながったので、理解ある会社のお話は気になります。

理解のない会社を批判しているのではなく、知らないことがどれだけ不幸かと伝えたくて、私も仕事と子育てのあれこれを記事でぶっちゃけてきました。

がんの患者さんや障害者の就労についても、長く取材していますが、みんなが働きやすい職場になったらいいと願っています。

写真と記事を編集し、すぐにリリースさせていただきました。こうしたムーブメントは当日、記念すべき1日目に知ってもらうのがいいと思いました。

今はスマホでたくさんの方がニュースを見てくださる時代です。

私も紙媒体20年のキャリアからネットニュースの世界に飛び込みました。ネットはどんな読者がどのぐらい見ているか、どんな情報が求められるかダイレクトにわかります。

もちろん、ネットは世界中から見られるからこそ、取材させていただいた方のフォローも大事ですし、よりクオリティが必要です。

活動を広く知ってもらう後押しになったり、寄付が集まったりという素晴らしい機会にもなります。

私がネットに150本の記事をリリースし、そうした戦略やメディアとの付き合い方も学んでいます。これからお話や講師の機会を作って、現場の方々のエンパワメントに活用していただけたらと思います。(なかのかおり)








おはようございます。

土日は記事書き、取材撮影・記事入れ、シンポジウムで勉強と駆け抜けました。

保育園の土曜保育がありがたい。

娘の習い事と図書館の合間にパソコンを広げ、子連れ取材にも行きました。

このたび、講談社の現代ビジネスサイトにデビューしました。

最初の記事は、長いお付き合いの自殺防止センターについてです。


取材の過程やお付き合いの歴史、なぜ365日、無給で電話を取る夜勤をするのか。

すべて盛り込みましたので、ぜひ読んでみて下さい。(なかのかおり)




節分ですね。

先日、娘たちお姉さんお兄さん組は小さい子の新聞丸め豆を受け止め、先生鬼を退治し、保育園で熱い豆まきが繰り広げられました。

小学校では説明会がありました。

用意するものの多さにガコーン。保育園入園のとき、全て手作りで刺繍やパッチワークまでしましたが、なんせ加齢が進みまして。

キャラはダメな筆箱や下敷き、制服も買わなきゃだしどうしよう。

保育園の5年、あっという間だなあ、とセンチメンタルになるヒマもなく、準備しなきゃいけないことや心構えがたくさんあります。

子どもたちは近隣の保育園や幼稚園、小学生との交流会があるそうで、まさにコミュニティの良さ。お昼寝を減らしたり、ランドセル気分でリュック登園になったり。

まだまだケアや保護は必要ですが、もう赤ちゃんじゃないって親も受け入れるんだなあ。

今回の記事は、昨年亡くなった日野原重明先生について。


新聞記者時代に、命の授業や講演など取材させていただきました。

90代でもお元気でしたね。全国を飛び回って、立ってお話していましたから。

数ある著書のうち、十歳のきみへは、震災があり、親となり、ドイツで戦争から逃れてきた難民に出会った今、読み返すとさらに響きます。

先生の言葉を振り返り、交流があった人たちに取材しました。

一昨年、聖路加病院スタッフによる第九コンサートを取材した時、日野原先生も現れて、ダンケ・シェーン!とコメント。

本当に愛にあふれた、お茶目な方ですよね。

皆さんと思い出を分かち合いながら、私も温かく懐かしい気持ちになりました。(なかのかおり)

気がついたら8月も半ば。

娘は、のどが痛いとか鼻血が出たとか細かいいろいろはありますが、元気に保育園に行っています。

子育てしていると、迷惑をかけないように意識します。言わなきゃいけないこと、お願いがあると、気にしすぎてしまう。

最近も、自分でなんとかしなくちゃって固くなってたけど、お願いしてみたらいろんな人が協力してくれて、本当は生きるとか子育てとかこういうことだよねと思いました。

今回の光を運ぶマザーは、大島花子さん。お父さんは坂本九さんです。

記事の前編はこちら。

花子さんのことを知り、調べると、私と一つ違いのアラフォーママ。

坂本九さんの大ヒット曲を作った永六輔さんには生前、在宅医療の取材でお会いしていました。

親しみを感じても、花子さんは国民的な人気者のお父さんを飛行機事故で亡くし、世間の目もあって想像できないご経験があったと思います。

花子さんが、歌手活動をしながらグリーフサポートにも関わると知り、人生のお話を伺いたい思いがさらに強くなって取材をお願いしました。

繊細な部分も詳しく伺いますがよろしいですか?とたびたび確認させていただき、初対面の限られた取材の中でお話し下さった花子さん。

お父さんが亡くなって30年、子育てや被災地訪問を通して歌手活動の方向が見え、心が決まる過程を伺い、貴重な時間でした。

この記事がリリースされた少し後、読売新聞にも花子さんの大きな記事が掲載されました。

亡くなったお父さんと同じ年齢になり、夏がめぐってきたタイミングなんですね。光を運ぶマザーのロングインタビューも、様々な決意のもとに受けて下さったんだと改めて思いました。

後編はこちら。

じいじから息子さんへつながる命、子育てのこと、グリーフサポート、カバーした「ヨイトマケの唄」についても。

ヨイトマケの唄は、美輪明宏さんの名曲。ドラマを見ているかのような、憑依した歌いぶりが胸を打ちますよね。

花子さんの解釈は、苦労で亡くなった母ではなく、温かく見守る母。曲を聴くと、柔らかい歌声で別の楽曲のようなんです。

七夕の日、花子さんのナマの歌声を聴きたくて、永六輔さんの一周忌イベントに駆けつけました。数曲だけでおいとましましたが、手話を交えた「上を向いて歩こう」が素敵でした。

お客さんがみんな歌詞を覚えていて、大合唱できるってすごい。

記事の掲載前も、花子さんと真剣なやりとりがありました。大事なお話をいただいたんだから、プロとして大事に伝えて読んでもらいたい、と気持ちが引き締まりました。(なかのかおり)

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