2018年03月

保育園のラスト登園日でした。

金曜、駅から保育園まで歩いていたら、会社勤めと娘の病気で辛かった日々を思い出して涙。

担任の先生に、1歳クラスの時のことを覚えてないんです、もっと見てあげればよかった、でも最後の学年はすごく充実していて、楽しい思い出になった、、と言いながら涙が止まりません。

他のクラスを回ると、お世話になった先生にハグされ、小さい子たちに見送られて、うちの子もこんなに小さかった?と涙。延長や土曜保育で長い時間を過ごした分、関わった先生や子どもたちも多いんです。

最後の土曜保育は、赤ちゃんクラスで担任だった可愛い先生2人が勢ぞろい。お昼のうどんをおかわり、小さい子と遊び、おやつはおにぎり、あやとりもして、と満喫。先生のおなかがふっくらしていて、ご懐妊を知るという予想外の展開でした。

すでに散り始めた保育園の桜。四季の流れが早すぎる。大好きな保育園、親子でおののきながら楽しく過ごした幼児生活にさようなら。

今回は、被災地応援の第4弾。石巻のこども新聞の記事です。


やはり被災地への関心が薄くなっていて、残念です。でも大事なことだから、書きました。

私は昨年、自費で石巻を訪ねました。お仕事なので費用も考えなければならないのですが、こども新聞の活動や主催の太田さんのことはどうしても応援したかったんです。

7年たつと復興の助成打ち切りもあり、バージョンアップの計画や新しい挑戦があるそうです。これからも、こうした子どもたちに心を寄せてほしいですね。私も肩肘はらずに少しずつ紹介していきます。(なかのかおり)


昨年の10月は人生で一番忙しい!と思いましたが、この3月のほうが詰まっています。

主役は、5年通った保育園がラストの娘なんですけどね。

卒園式後も、春休みはない保育園。遠足、クッキング、お散歩、地域の同級生と交流、下の子たちとお別れ給食、お花見しながら外遊び、と月末までイケイケです。

ここにきて、ドッジボールで娘が初めて内野でボールをキャッチした!と先生が教えてくださり、最後の最後まで成長の可能性があると知りました笑笑。

今回の記事は、妊婦さんに伝えたいシリーズの最終回です。


まだ出産してないのに、復帰時期を会社に提出したり、早いママは認証保育園に予約したり。

もちろん最低限の必要なグッズも用意します。産後に病室からネット注文できたので、買いすぎなくて大丈夫ですよ。赤ちゃんの肌着だけは分からなかったので、デパートに駆け込みました。

赤ちゃんがいるとできないこともしておこう!といろいろしました。仕事ばかりでしていなかった料理とか。夫が海外に単身赴任してしまい、早産したらどうしよう?と緊張しましたが。

流産を経て高齢妊娠。妊婦中の異動や夫の海外赴任。子どもの病気に、慣れない部署。4年、頑張ったけど、キャリアは見てもらえずぼろぼろで退職。

振り返ると、退職後にそのトラウマをずっと引きずっていました。それでも新しい仕事に挑戦して100本の記事が積み上がり、仕事と子育てを通して回復してきたと思います。

何より、保育園や習い事のママパパ、先生、子どもたちに支えられました。

妊娠中や産後の私は、身内の手もなく継続して付き合う仲間もいなくて、子育てのすべてにびびっていました。保育園に入れて、要支援だった私は命拾いしたのです。

親の都合で押し付けた保育園ではなく、娘にとって大事で大好きな場所。朝から延長まで、土曜日もいました。

小さいうちは食べなくて病気が多かったのですが、4歳5歳と急に食べるようになり、ランチやおやつをおかわりしたの!食べられるようになったの!と嬉しそうでした。

縄跳びや運動も鍛えられますし、季節の行事や他学年の交流も多く、保育園は子どもにとって必要な場所だと教えてもらいました。保育園ライフについてはまたレポートしたいと思います。

初めてママの皆さん、これから居場所を見つけて、保護者や先生との絆を作ってくださいね。(なかのかおり)

保育園の延長保育、ラストでした。

最終日まで行きますけど、、

暗くなった保育園の、小さい子の部屋にいる娘を迎えに行って、、寂しい。

同時に、なぜか闘い抜いた、という気持ちになりました。会社勤めの頃、勤務時間の後ろ倒しを命じられて手続きした延長保育レギュラー。

今も夜の仕事があるので、助かります。最初は疲れちゃってかわいそうだったなあ。大きくなると、もっと遊びたくて。迎えに行くと、もう来たの?とがっかりされた。

こっそりのぞくと、ウキウキとお友達と遊ぶ様子が見えて、こんな表情するんだ〜って思った。

今日は1歳クラスから知る先生にお手紙を渡して、ご挨拶も一つひとつ進めています。

今回は、妊婦さんへのコラム第二弾。


安定すると公表するので、いろいろ言われるんですよ。

身内が意外な言動をしたり、助けてほしい先輩ママにグサっと言われたり。

経験すれば流せばいいとわかるけど、当時は体は重いし不安はあるし、夫は単身赴任だし。

妊娠中は身内に産後も助けてくれるよねと期待しましたが、遠方・高齢、体が弱いなど無理なものは無理なんです。今や身内もさらに高齢になり、もう子育ての手助けは望みません。

これもたくさんの閲覧をいただきました。妊婦さんや周りの人が読んで、役に立てば幸いです。(なかのかおり)

娘の保育園ライフはあと10日。

学童や学校や、私が行くわけではないのにナーバスになってしまいます。子どもたちはさらっと巣立つのでしょうね。

保育園の5年間、いろいろあったなあ。20年勤めた会社を退職したのが一番大きな出来事です。

子どもの病気で欠勤や遅刻早退が多く仕事の評価が下がり、元の職種に戻れませんでした。メディアでもこの何年かで働き方改革が進んだと聞いたので、今なら違ったかもしれませんね。

独立して、自由はあります。会社でできなかったことができる。でも世の中は肩書きや決まった給料が大事で、もどかしさや悔しさもある。

組織で活躍する人はかっこよく見えるし、祖父母の助けがない状況は変わらず。

やりたいことにたどりつきたくて模索中です。

福島の記事、第三弾はサッカーチームのお話です。


お付き合いの長い老舗旅館の女将さんに紹介されてサッカーチームの社長さんにつながり、

さらに別の取材で知り合ったイラク・福島支援の団体に社長さんをおつなぎして、輪が広がりました。

こういう広がりは、ジャーナリスト冥利につきます。

農作業する選手の写真もカッコいいです。震災後7年の福島を知ってください。

そして3.11にあったホーム開幕戦は勝利だったそうです。嬉しいですね。(なかのかおり)
 

春の匂いがします。

この1週間、泣いてばかりでした。

福島の記事を3本、リリースしたのですが、入り込んでいるところに、当時の歌を聞いたら涙が止まりません。

保育園の卒園式もありました。直前にインフルエンザが流行り(私たち親子は1月にいち早くかかって顛末も記事で紹介しました)、ドキドキしたものの全員が出席。

昭和の私たちにはつぼにくる「切手のない贈りもの」を歌われても泣かなかったのに、最後に子どもたちが1人ずつ退場するときに号泣してしまいました。

保護者もサプライズで歌って踊り、先生たちから素敵なスピーチを引き出して大成功でした。

今回の記事は、震災で壊れて廃業の危機にあった老舗旅館の物語と、震災後7年の日常です。


新聞記者時代からの、女将さんとの長いお付き合いについて書きました。

震災のことを忘れる日はないし、食べられないものもまだまだあるけれど、丁寧な四季のおもてなしを続ける。地元では、お祭りや学校生活を大事に日常を過ごしてきているんです。

歴史ある土蔵造りや帳場の写真と合わせて、ぜひご覧ください。(なかのかおり)

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