2017年08月

8月も終わりですね。

雨が多く、保育園の先生が交代で休みもあり、プールの日が少なかったかな?

保育園の水遊びを振り返ると、娘が1~2歳のときはシャツにブルマでちゃぷちゃぷ。今は大きなプールで顔をつけてけのびできる。5回の夏、あっというまだった。

最近は、「人の立場を想像する大事さ」を感じる出来事がありました。

私の記事を一部、見てくれた人に、「なかのさんは心温まる話が好きなんですよね。制度や問題点に切り込む話は関心ないのですか?」と言われました。

一方で、別の人には全く逆のことを。「制度ばかりでなく、当事者に寄り添って、一つの現場に通うようなことをやったほうがいいのでは」と言われました。

どちらも、ある意味はイエス。でも、そういう一面的な話でもないんだなあ。積み重ねた取材、20年の会社での修行、子育て、いろいろな経験を通して今がある。

「役に立つ情報や記事を出す」のを目指すのは変わらないけれど、そのやり方が年齢や生活に応じて変わったり、バリエーションが増えたりしました。

若く身軽なうちは、ホスピスや集中治療室に通う、介護施設に泊まる、ヘルパーの資格を取る、介助者と一緒に料理する、目の不自由な方と一緒に第九を歌うなど入り込んだ取材をして、体験ルポもたくさんできました。

パワーと時間はあるから、勢いで難しい現場にもすっと入り込めた。経験や配慮は足りなかったろうから、みなさんが温く迎えてくれたんですね。

今は、幼児のケアに責任がある親であり、あちこち痛いover40であり。代わりにスキル、その人の立場や人生を想像して対応する力、マネジメント力があります。

経験と時代の流れから見て、「大事かな」と企画します。時には子連れで取材という離れワザも笑。

そういうスタイルや目指してきたことは、理解されにくいかもしれません。一面的に言われると一瞬は落ち込みますが、平常心でいるのもプロですから。

今回の記事は、「貧困ってなんですか?」という夏休みセミナーを取材しました。みっちり2時間以上、中高生と一緒に私も勉強しました。

中高生の、想像力の豊かさ、いろいろな立場をおもんばかる心に感心でした。

そのルポはこちら。

ホームレスを支援する「もやい」さんがセミナーを開いているのは知っていました。子ども向けは初めてだそうで、開催を知り、すぐに取材をお願いしました。

もやいの大西さんのトーク、具体例や数字がわかりやすいです。「日本人記者は数字にうるさい」と、海外の方に言われましたが、誰かの思いや体験談に数字を加えると、本当に大事な部分が染み込んでくるんです。

ボランフィアブーム、ソーシャルベンチャーの始まり、ソーシャルネットワーク発展の歴史を見てきて、「若い人たちが活動するのはいいけど、注目されたい、オレオレ俺を見てになってない?」って思っていたけれど、心ある人はいるんですね。

背伸びや親の押しつけでなくて、自分ができる範囲でどうしたらいいか考えているのが素敵。

学校やご家庭で、この記事をぜひ活用して下さい。(なかのかおり)

気がついたら8月も半ば。

娘は、のどが痛いとか鼻血が出たとか細かいいろいろはありますが、元気に保育園に行っています。

子育てしていると、迷惑をかけないように意識します。言わなきゃいけないこと、お願いがあると、気にしすぎてしまう。

最近も、自分でなんとかしなくちゃって固くなってたけど、お願いしてみたらいろんな人が協力してくれて、本当は生きるとか子育てとかこういうことだよねと思いました。

今回の光を運ぶマザーは、大島花子さん。お父さんは坂本九さんです。

記事の前編はこちら。

花子さんのことを知り、調べると、私と一つ違いのアラフォーママ。

坂本九さんの大ヒット曲を作った永六輔さんには生前、在宅医療の取材でお会いしていました。

親しみを感じても、花子さんは国民的な人気者のお父さんを飛行機事故で亡くし、世間の目もあって想像できないご経験があったと思います。

花子さんが、歌手活動をしながらグリーフサポートにも関わると知り、人生のお話を伺いたい思いがさらに強くなって取材をお願いしました。

繊細な部分も詳しく伺いますがよろしいですか?とたびたび確認させていただき、初対面の限られた取材の中でお話し下さった花子さん。

お父さんが亡くなって30年、子育てや被災地訪問を通して歌手活動の方向が見え、心が決まる過程を伺い、貴重な時間でした。

この記事がリリースされた少し後、読売新聞にも花子さんの大きな記事が掲載されました。

亡くなったお父さんと同じ年齢になり、夏がめぐってきたタイミングなんですね。光を運ぶマザーのロングインタビューも、様々な決意のもとに受けて下さったんだと改めて思いました。

後編はこちら。

じいじから息子さんへつながる命、子育てのこと、グリーフサポート、カバーした「ヨイトマケの唄」についても。

ヨイトマケの唄は、美輪明宏さんの名曲。ドラマを見ているかのような、憑依した歌いぶりが胸を打ちますよね。

花子さんの解釈は、苦労で亡くなった母ではなく、温かく見守る母。曲を聴くと、柔らかい歌声で別の楽曲のようなんです。

七夕の日、花子さんのナマの歌声を聴きたくて、永六輔さんの一周忌イベントに駆けつけました。数曲だけでおいとましましたが、手話を交えた「上を向いて歩こう」が素敵でした。

お客さんがみんな歌詞を覚えていて、大合唱できるってすごい。

記事の掲載前も、花子さんと真剣なやりとりがありました。大事なお話をいただいたんだから、プロとして大事に伝えて読んでもらいたい、と気持ちが引き締まりました。(なかのかおり)

早くも8月ですね。

保育園は夏休みがないので、区切りのない仕事をしている我が家は助かります。

小学生になったら夏休みの過ごし方に悩みますよね。ランドセルっていつ買うの?というところから初心者な私。

今回は、東洋経済オンラインに初めて記事を書きました。 

遺族外来に取り組む、埼玉医大の大西ドクターインタビューです。


がんの患者さん、家族の精神面のケアをするところを、精神腫瘍科といいます。

わかりにくいですよね。大西先生は精神科医で、患者さん、家族のケアもしていますが、遺族が来やすいようにネーミングしたんです。

人生最大のストレスは、配偶者との死別です。遺族は、治療が必要な人も多いし、安心して話せる場が少ない。

大西先生が遺族外来を始めた時に取材させてもらって以来、応援してきました。

今年で10年。改めてお話を聞くと、患者さんの成長に教えられるという大西先生。

死別、喪失といったストレスは、「乗り越えるのではない。抱えて生きていく」と、私が20代の頃に取材した女性が言っていました。夫を亡くして子どもたちと生きる女性でした。

大西先生の話では、「愛する人がいない新しい世界に適応して生きていく」という言葉が刺さりました。

こうした取材をすると、毎日を大事に過ごそうと、改めて考え直す機会になります。(なかのかおり)




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