2017年03月

年度末ですね。

来月からの定期シッターさんを頼んだつもりで伝わっていなくて、急きょ別のシッターさんも探し… 

予約や、仕事のやりとりが何でもウェブ化した結果、行き違いがある今日この頃。メールしても細かい点が伝わらないというか。

会ってお話をの、アポイントを取りたくてメールしても、返事を待つばかり。電話もいきなりかけたら悪いかな?とハードルが高く感じますね。

最近、昔のドラマをビデオで見たんですが、電話すらなく、会わないと何もできないんです。懐かしい!この、顔を合わせて暑苦しく話す感じ。基本は直に話すことだなあ。嫌われない範囲で笑、なるべく話すようにしようと思いました。

コミュニケーションと言えば…娘の習い事を一つ、やめました。どんどん進んで先取りしていく教室だったのですが、ペーパーに長時間かかるようになり、様子を見ると、進みすぎて内容が難しいのに先生があまり教えないんですね。

自主的にさせる教室とはいえ、4歳に漢字のペーパーを大量に渡して放っておいたらできないだろうなあ。他の子も漢字をスラスラやっているのかと何人かに聞いてみたら、娘が年齢の割に進みすぎていたと初めて知りました。

先生に何回か相談しても、何だろう…話が通じない。さらに担当外のおばちゃん先生が的外れなことを言ってきて、こりゃだめだとなりました。

保育園児が漢字を書ける必要はないのですが笑、進んじゃっても量を減らすとか先生が声をかけるとか方法はあったはず。

もともと娘がやりたくて通った教室。今回のことは、バージョンアップのきっかけになりました。頑張った思い出だけ残してあげようと、言うべきことは言って卒業です。

そして新しい教室探し。他の習い事も棚卸しして、たまった振替クラスに出たり、保育園も含めて卒業していくお姉さんたちの送り出しでイベントがあったり。

出会いと別れの季節なのでした。

このたび掲載されたのは、若年性乳がんフラチームの記事、後編です。

http://m.huffpost.com/jp/entry/15477452?1489971638

前編では、若くして乳がんを体験したシングルマザーのお話を紹介しました。 

http://m.huffpost.com/jp/entry/15148854

後編は、若年性乳がんならではの課題や、専門医の話、サポートグループの目的について紹介しています。

病気が、結婚や妊娠など人生の一大事に影響してくるのは、本当に大変だと思いました。 

子どもや仕事など、今あるものを失う不安も大きいですが、これからの人生や家庭が築けないかもしれないという現実は、どんなに苦しいでしょう。

私自身、流産を経て高齢出産していますから、妊娠・出産が簡単にはいかないとわかります。 

子育てするようになると、子供の病気や自分の加齢もあって体調が悪いなど、別の苦労もあるのですが… 

治療の副作用や年齢など、どんなことが妊娠に影響するのか。患者さんたちのサミットに参加し、専門医に取材して勉強しました。

また、今回、なぜフラなのか?という答えも、書いています。

乳がんの専門医が、ハワイで研修中にフラを知り、患者さんに踊って見せたのがきっかけで、患者さんのチームができたんですね。

みんなで練習して、外に出て行って、見てもらうことで、元気になれる。 脱毛や体調が良くないといった条件もありますが、メイクやウィッグでオシャレして…何より彼女たちの笑顔の美しさ。

フラは歌詞を手話で表現しますから、踊る人も見る人も、気持ちが入ります。癒されるだけでなく、仲間を思い、メッセージを発信して、成長につながるのが素晴らしいとドクターが話していました。

患者さんのためのヨガや、フィットネスに取り組むグループもあるそうで、また取材して紹介したいです。(なかのかおり)

帳場で、女将さんと設計士の鈴木さん なかのかおり撮影
今回、取材したのは、震災で壊れ廃業も覚悟したという福島・飯坂温泉の老舗旅館なかむらやです。建物は江戸の名棟梁の技術が生き、文化財に指定されています。

上 震災から立ち上がった福島の老舗旅館
の女将

下 女将と職人の絆
日常を取り戻しここで生きる


私は15年以上前、仕事のため福島に住んでいました。海に山に広い県内、車を運転して駆け回り、取材をしていました。

医療・介護というテーマにも出会い、専門家や家庭を紹介され、ホスピスや集中治療室、介護施設にも快く入れていただきました。

地元のお母さんたちは、おもてなし好きなんですね。お宅にあげてもらうと、お茶にお漬物、お菓子、果物がたくさん。家庭料理も。

東京に転勤してからも、折に触れ福島に立ちよりました。なかむらやの女将さんとも交流があり、出張のときは1人で泊まって朝ごはんをいただきました。

ところが大震災が起き、私はだれにも連絡できませんでした。できる範囲で寄付はしましたが、現地に駆けつけることができない状況。

震災のあった年は、流産を経て高年齢妊娠。その後もサポートの少ない子育てと会社勤めで、自分のことに集中するしかなかった。

何もできないのに連絡しても、迷惑ではないかと思ったんです。実際に、年賀状が途絶えた人もいます。どんな事情や思いがあるかは、わかりません。お世話になった懐かしい人の笑顔を思い出すと、切ないです。

交流が続いている人もいます。なかむらやの女将さんもその1人。ただ、年賀状だけのやり取りでした。

久しぶりに、なかむらやを訪ねたのは昨年。私は子育てに少し慣れ、なかむらやは通常の営業を取り戻していました。連休中で、お祭りが開かれ、地元の人も自然な笑顔。大変なことはあるだろうけれど、楽しみもあり、笑い合う近所の仲間がいて、日常を生きているのです。

女将さんに聞くと、震災で江戸時代からの建物の梁が何本も折れ、大小たくさんのダメージが。取り壊しを提案され、一時は廃業を覚悟。お客さんの激励、大工や建築家の尽力で昔の姿を残して復活できたと。

女将さんは孫が11人。放射能の影響で違ってしまった生活に心を痛めました。旅館で提供する食材も、おすそ分けでよくもらうという新鮮な山菜やタケノコなどは使えなくなっています。

こうした問題はとてもデリケートです。いろいろな意見や立場、環境があり、今も福島を敬遠する人がいるのは、女将さんもわかっています。

女将さんは、なかむらやを良くしようと努力し、地元を大事にしていますが、福島を敬遠する人の考えは無理に変えられないと言っていました。

それはあきらめではないのです。背伸びせず、比べず、置かれた場所で咲く。今まで通りの日常を、今ここを生きています。

常連さんや、新たなリピーターもいて、120年を超える歴史を守りつつ宿は生き続けています。

私は今年の冬にまた福島を訪れ、なかむらやの復興に尽くした大工さん、建築家さんに会えました。

大工の三浦さんは、自主的に文化財の改修について勉強していました。なかむらやの改修は「ワザを盗み、勉強になった」とどこまでも謙虚。仮設住宅に、手がけた家の修理にと大忙しで体を壊し、心配されましたが、意欲は衰えません。お宅では、丸太で買った貴重なケヤキを見せてもらいました。

建築家の鈴木さんは、細やかなアイデアと気遣いで、なかむらやをバージョンアップ。補強だけでなく、耐震壁を格子にしたり、配線隠しに竹を使ったり。地元サッカーチームの社長でもあります。

震災でチーム解散の危機があり、建築家の仕事に加えて背負うものが多かったかもしれません。人をつなぎ、地元を盛り上げようとする静かに熱い人です。

福島の、深く大きい課題を前にすると、うまく表現ができません。こういう考えもある、なぜなら、、と説明したくてもまとめられず、自分は無力だと思いました。

だけど、女将さんと専門家の絆でよみがえったなかむらやのことを、日常を生きている人たちの言葉を、そのままに伝えたかった。

福島に足を運び、それぞれの人生に出会って、写真を撮り、総合して物語を記しました。女将さんたちの今を伝える機会に恵まれて、幸運だと思っています。

このたび、「光を運ぶマザー」という連載を提案しました。タイトルデザインも作っていただき、これが第一回です。内なる光を運ぶ人たちの物語を紹介していきます。(なかのかおり)  

若くして乳がんを体験し、恋愛や結婚、妊娠、子育てや仕事の悩みに直面した女性たちが、フラチームを作っています。

昨年、フラのイベントや、がんのイベントに出演されていたので、気になっていました。

それぞれに治療や体調、家庭に仕事もありますし、なかなか集まって練習できないそうですが、お揃いの衣装で踊る彼女たちの笑顔が美しいこと。

1月に若年性乳がんの集まりで踊ると聞き、チームのメンバーさんに会いに行きました。
    
今回は、3児のシングルマザーで、今も治療中の女性に、体験を話してもらえることに。

手術や相次ぐ治療。抗がん剤で髪も抜けるし、副作用や痛みがある。子どもたちのこと、両親への申し訳なさ、日々の生活で思うようにいかないこと、やりたい仕事や趣味…切ない話は、たくさん、たくさんある。

でも今回は、大変さよりも、フラチームがあり、家族や仲間に支えられて笑顔になれる、というところに焦点を当てたかったんです。

長く医療の取材をしてきた私も、若年性ならではの問題を知り、取材や執筆の際に心を砕きました 。

思いを自由に書けるBlogやSNSとも違い、報道記事で全部は伝えられないし、体験した人にしかわからないことも多いです。

病気への誤解や偏見のポイントというのは、人それぞれに違うから表現が難しい。初めて読む人にもわかるように、説明を入れ、客観的に書く必要があります。

私は体験者ではなく、伝える人なんですが、彼女たちの人生に共鳴し、思いが深くなり、悩みに悩みました。

それでも、フラチームのメンバーさんの、心にともった光をどうしても伝えたかった。


編集部の理解もあり、やっと形になって、たくさんの人に記事をお送りすることができています。

素敵な写真もお借りし、情報を知りたい人のためにリンクも張らせていただきました。

改めて、大切なお話をありがとうございます、という気持ちです。

ぜひ、彼女たちの物語に出会ってください。(なかのかおり)

保育園で大流行したインフルエンザも落ち着きました。

ひな祭りの日は、保育園でパーティー。娘は、ひな祭りの歌をフルコーラスで覚えていました。昭和時代は、フルでは歌ってなかったな。

その後のお外遊びで思い切り転び、顔とヒザに負傷。なわとびが楽しくてふらつくまでやり、走ってきた男子とぶつかったとか。

小さいころはよく転んだりお友達にひっかかれたり、心配でしたね。今は目立つ傷はショックですが、こうしたら痛いと学んでいるのでしょうか。

それでも元気いっぱい、保育園で借りた絵本とおひなさまアートを持ち帰り。家ではママとケーキを作り、クリーム、イチゴ、チョコペンで飾りました。ちらし寿しや貝のお吸い物もちゃんと食べて、成長したな〜。

3月は、片付けて4月からの生活リニューアルに備えたいですね。ラックを娘と組み立て、おもちゃは整理しました。昨年度の保育園アートをまだファイルしていないと気づき、時の流れの早さに寂しさも感じます。

時の流れといえば、ベビー服。

子育てNPOサイトで連載していたコラムでも、ベビー服について書きました。


何を買えばいいかもわからない、初めてママ。私は最低限のものしか買いませんでした。それでも、真っ白のおくるみや真っ白のオール、新生児の手袋や靴下など出番が少なかったものもあります。

ケープやカーディガンも、トライしてみないとわかりませんでした。袖のないベストのが着やすいとか、ケープは赤ちゃんなら冷房よけにはいいとか。

通販やユニクロ、ギャップ、無印良品と試し、サイズ感を学びました。百貨店ブランドは、セールで。思い切りぶかぶかで買って、長く着ます。

セールで買ったファミリアのコートは1歳の冬から今も着ています。さすがにぴったりで今年までかな。袖も汚れますが、洗濯機でソフト洗い。大きいコートもあるんですけど、本人が気に入っているの。

ファミリアはお高いですが作りはいいです。ファスナーが痛くないし、ラインが日本人に合う。フードやベストが取り外せて、ベストだけ室内で着られます。

ラルフローレンのコートもセールで買いました。オシャレだけどラインは外国人な感じ。娘はファスナーが気になるそう。

そして保育園っ子は、レギンス命。ナマ足はあり得ません。転ぶし、保護のためワンピースの下にも、真夏も、足首までのレギンスです。はかないと寒い、落ち着かないという娘。

バレエ風のチュールがついたレギンスや、スカート付きのレギンスも好きでした。ですが、保育園でワンピースやスカート禁止令が出たため、買わなくなりました。娘はスカート付きが好きなので、お休みの日用に通販でお安いのを買ってあげようかな。

レギンスは、何かと破けます。転んでお尻やひざに穴が、、最近、やっと100円ショップでアップリケを買い、チクチク。レギンスがいくつか、生き返りました。

成長に合わせて試行錯誤してきたベビー服。抑えめにしても、保育園で着替えがいるので増えるんです。

靴もすぐはけなくなります!上履きや園庭靴も一足ずつしかないから、何かあったらドキドキ。長靴はお下がり。ブーツは保育園で禁止令が出て、戦力外に笑。

本当は、売るか寄付するかすっきりしたいもの。自分の服や靴は、リサイクルショップや寄付によく出していますが、、。

同じマンションのママには、お下がりをいただいて活用しました。習い事の先輩ママも、ベビー服を100円でマーケットしてくれて助かりました。先輩ママたちの中で、もう2人目はないかな、と割り切って放出してくれたのかと思います。

私はまだ、懐かしさもあり、ベビー服の整理にはいたっていません。

ベビーのうちは、親の好みで大丈夫だけど、だんだん本人のテイストが出てきます。習い事で小学生のお姉ちゃんのお下がりをもらうとき、かわいい系とかシンプル系とか好みがあると聞きました。うちはかわいい系の帽子だけいただきましたよ。

続編の「キッズ服」も書きたいですね。着替えを自分で選ぶようになると、収納の問題も。皆さんはどうしているのかな。(なかのかおり)

↑このページのトップヘ