軽めの病気にかかりつつ、小さい事件は起こりつつも、ママの仕事と娘のクリスマスイベントは何とかクリアしている師走です。

今年の後半で嬉しかったのは、20年勤めた会社をやめ、筆一本(パソコンとスマホと、カメラもかな)でしている仕事を信頼してもらえたとき。

日経で「私のキャリア、どうなっちゃうの?」を書いたときは、あるメディア編集者に「なかのさんの生き方、ロックですね」。ロックって、あれです。内田裕也とか、「やっちゃえ日産」とか笑。

プロとして、ロックと言われる記事が書けて、最高。

あとは最近、あるお若い患者さんに取材したところ、「初めて会ったような気がしなくて、リラックスして話せた」と言ってもらえて嬉しかった。

世間は、権力が好き。

私は20年間、みんなが知っている会社に勤めている〇〇さんだから知らない方にも相手にしてもらえたわけです。

このたび、あえて会社の看板を降ろし、ペンネームも変え、プロフィールから会社名を外しました。企画も取材も、自分そのものでアプローチしています。

やっぱり、え?フリーランス?どこと契約してるの?と怪しまれることもありますよ。

フリーになっても、ニュース記事を書くのは、責任が重いです。

私は会社員時代、報道をやってきたので、殺人事件や火事の現場に行ったり、国会議員に詰め寄ったり、大小あらゆる選挙をウオッチしたり、普通はできない経験があります。

さらにホスピスや新生児集中治療室、介護施設に入らせてもらい、難しい病気の患者さんを訪ねて全国を回ったり、専門家と親しくさせてもらったり。

医療関係者でもないのに、現場に入って生死を考える機会が多く、今振り返っても得がたい体験でした。

ミーハーどころでは、ハリウッドスターや社長、音楽家、俳優など超一流の有名人にもたくさん会いました。

企画、アポイント、取材、撮影、執筆、構成、編集、校正、やり取りなど。いろんな人への影響を考えて、時間をかけて準備。何度も書き直し、第三者になったつもりでチェックし、媒体の編集さんと話し合い、間違いなく、わかりやすく、たくさんの人に届けて不都合のない内容にする。

ネットで何でも発信できる時代になっても、訓練した記者でないとできないことだと思います。

会社員時代は、異様に力が入り、世のために役立つ記事を作るのが使命だと思っていました。

そして自分をすり減らしてしまいました。

もともと共感力がないとできない仕事ですが、私は心身どっぷりと入り込みすぎました。怪しまれるかもしれませんが、例えば病気や難しい生き方の取材をしていると自分も不調になる。この憑依力、女優ならすごいのにと思ったぐらい。

今は大丈夫です。

高齢出産、ままならない子どもの病気とキャリア、向いていない仕事と荒波にもまれ、権力を手放し、わかりました。

自分が元気でないと、いい取材をして記事を作ることはできません。

元気って、ハイテンションとかみなぎるパワーとかではなくて。

節約したり、小競り合いしたり。頑張りっぱなしじゃなくて、原稿が上がったから踊っちゃえ〜マッサージしちゃおう〜って部分もある。毎日の生活と、家族や住む家があってこその元気。

そうやって自由な発想を持ち、余白を残していられたら、いい企画もできる。組織勤めでがんじがらめの大変さもわかるから、私はそうじゃないアプローチができるのが長所。

テレビを見て、かわいくてフレッシュな若い芸能人もいいけど、経験と年齢を重ねた歌手や俳優には胸を打たれますよね。

取材で初めての人に会うときも、キャリアや人生の味があってこそ、話がしやすいのではと思うので、中年太り気味(そうはいっても減らさなきゃね)の40代も悪くない、、はず?

年内はもう少し、仕事のあれこれがあります。

来年はまた新しい道があるのですが、なるべく平常心の自分でいたいです。

平常心で、元気でいられるのも当たり前ではなく、有り難いことなんだと忘れないように。(なかのかおり)